MSN物語その5

さて、最終回の予定、MSN物語その5です。今回は坂口くんが登場しますが、それはまぁ最後です。前の続きはというと、1st ALBUM(書き忘れてたけどタイトルはセルフ)MACHINE AND THE SYNERGETIC NUTSを自主制作で出した後、アメリカのCUNEIFORM RECORDSから2ndのリリースの話を貰いました。実は、個人的には昔から聴いてたレーベルで、つまりカンタベリー・シーンがアメリカに与えた影響下のレーベルという感じで、THE MUFFINSや、本家SOFT MACHINEのレア音源などをリリースしてるので、昔からちょこちょこ買ってたレーベルでした。つまり、凄い嬉しいわけです。まぁ自分のカンタベリー趣味の話ではありますけど。そんなわけで、1stを出してすぐに2ndの録音を始めました。ちなみに、2ndの曲は、ほとんどライブでやったこともなく、曲のつなぎあわせやその場で作曲したりとか、そういう感じでした。なので、実はそれ以降も2ndの曲はあまりやってません。1曲目のM-Bという曲だけよくやってます。ちなみに、MBという頭文字はメルセデス・ベンツなのかMr.BungleなのかMelt-Bananaなのか、とか諸説ありますが・・・Miamiって曲とBrusselって曲をくっつけただけです。メンバーはずっとマイアミってこの曲を呼んでました。ちなみにとても後から気づいたことですが、実はくっつけた後Miamiの部分はほとんどカットしていて、ほとんどBrusselって曲でした。(すごい無駄な情報に文字数を使ってる気がする・・・)
話が進まないので、もう2ndアルバム”Leap Second Neutral”を録音して、リリースしたところまで行きます。あ、ちなみにうちで録音しました。ジャケはまた山下にやってもらって、ゲストにまた松江さんと高橋結子(けっちゃん)に参加してもらいました。確か2ndのビブラフォンとかは私が叩いたような記憶が・・・というわけで、アメリカ、ヨーロッパと流通され、世界的に(マニアックなプログレの世界で)知られることになったMSNの2ndアルバム、日本ではそんなわけでdisk unionのArcangeloというレーベルから出ました。ここは特に喜ぶ所ではないのですが、でもスズキさんの旧友(現Arksの竹川さん)と絡めて良かったです。ここは喜ぶところじゃないというのは、1stはあまりプログレ色なしで見てもらってたのに、セカンドはプログレ扱いになってしまったことです。ながれで帯に「メロトロン」って書いてしまいました。まぁ、ホントに使ったんですが。disk unionのプログレ館で買うCDになってしまいました。1stはTOWER RECORDで展開してくれてたのに・・・
さてしかし、そんな心配も問題なく、結構評判もよく、M-BはCRJ東京のチャートで1位になるという快挙!ちなみに2ndが出る前に福岡の友達のボギー(nontroppo)がオムニバスのCDRに誘ってくれたので、製作途中だったTEXASという曲を途中から別の展開させたTEXAS HITTERという曲で参加させてもらったんだけど、その曲もCRJにチャートイン!と、思ったより良い評価を貰いました。
というわけで、ここまでがMSNの現在までの歴史です。でも、まだ2005年なんです。そこからもう8年?一体どうしてたか説明します。まず、たしか、気まぐれでメンバーのソロCDRを作ろうって話になって、ノリヤ以外の三人がソロCDRを作りました。スズキさんは歌もの、マヒマヒはテクノ、私は即興とナンセンス。もちろんもう売ってません。ライブ会場と通販だけで少しだけ売りました。ちなみに、このとき私のCDRを通販で買ってくれた山口県の青年(?)が山本達久くんです。この数年後に一緒にバンドをやるとは!
バンドでの曲作りも多少は進めてて、この頃に作ったmsgという曲、まだ録音してないんですが、これは今でもお気に入りのナンバーです。ドラムの話ですが、この頃私はタイからやってきたcliquetparというブレイクコアのアーティストに生ドラムで参加するということをやっていて、それをヒントに、ひたすら高速にジェネシスの7拍子を演奏するということを思いつき作った曲です。今でもライブでやってますが、曲ができた当時のライブがSpaceShowerTVでちょこっと紹介され、DAXというネット上のアーカイブに残ってました。でも最近は消えたみたい・・・ニコ動で見れます。ちなみに、その動画では曲はフェードインして途中からM-Bにメドレーになってるので、曲の全貌ではないです。
さて、まだ割とまともな話しかしてませんが、2000年代の後半はわりとおかしな事になっていて、ライブはやるけど、曲は半分くらいインプロだったり、皆でマイケル・ジャクソンのビート・イットをやったり(そういうのは昔からか・・・)、挙句にはバンド名もMACHINE AND THE SYNERGETIC NANOにしたりしてました。iPod nanoっていうのが出た頃です。それとキーボードのノリヤが仕事やら家庭やらで忙しくなり、そんなふざけたバンド活動にも愛想を尽かしたのか、ライブに消極的になったので、他のメンバーもライブに積極的にならなくなり、ライブも減っていき、2007年に2本ライブをやったきり活動をしなくなりました。その後の活動といえば、皆で公園に行ってBBQしたくらいです。
さて、その後の話ですが、実は2010年に一度だけライブをやります。友人のMontecarlo Scrap Flamingo(以後MSF)とMSがつくバンド名を集めてライブをやろう!って話をしたのかどうか覚えてないんですが、当時私はLoudsというパンクバンドでお世話になっていた亀戸ハードコアというお店で、MSNとMSFでイベントをやろうということになったのでした。他の出演者は私がお願いしてELECTRIC EEL SHOCK、狂うクルーという豪華なメンツで、大成功のイベントでした。
それから2年くらいたち、私は(もうすっかり)「もう死んだ人たち」のベーシストとして活動してたのですが、マヒマヒやスズキさんとはよく「またMSNやりたいねーっ」って話をしてました。ふと、そのことを「もう死んだ人たち」のツアー中に名古屋のブラジル・コーヒーってところで思い出し、思いつきで、ドラムの山本達久くんや波多野敦子さんや石橋英子さんに、「そういえば誰かMSNでキーボード弾いてくれそうな人いないかなぁ?」って相談したところ、坂口くんがいいんじゃない?ってみんなに薦めてもらいました。坂口光央くん、確かにナスノミツルさんのTENELEVENで見たことがあったけど、ミュージシャン、って感じがして、私らみたいなディープ・パープルのコピーバンドの延長上のバンドに入ってくれたりするのかなぁ・・・?って思ってたんだけど、達久くんの紹介とプッシュのお陰で、一度一緒にスタジオに入ることになりました!そして、スタジオに入ってみたら、まぁ、さすがに上手い!っていうかバッチリ!っていうか、ノリヤに顔が似てる!イニシャルもS!最高!採用!いや、もちろん最初から入ってもらいたかったんですが、坂口くんも楽しんでくれてるみたいで、なんとココに来て初のメンバーチェンジ!(一応ノリヤは永久メンバー)。そして、何度かスタジオに入ってるうちに、ライブがやりたくなる!そして、このメンバーならライブが出来る!というわけで、ライブを決めてきちゃいました!それが来月7/22ネストで。またもや3年ぶりのライブ!
やっぱり2回に分ければよかった、とてつもなく文字数が多い・・・あと一つだけ!その復活ライブにMusic From The Marsが出てくれます。1stアルバムの帯を書いてくれた藤井くん、MSNが活動を始めた頃から、ずっとMSNと付き合ってくれてて、年に一度は一緒にライブをやりたいとずっと思ってたし、ずっとやってたのに、途中でこちらは活動ができなくなってしまった。でもまたライブが出来るようになった時に一番最初に対バンとして決まったのがMusic From The Marsで嬉しい。そして他にも、なんと私も一時メンバーだったヘンリーテニスも出てくれることになり、それと私達が「復活ライブをやるなら一番好きな場所にしよう」といって決めたライブハウス渋谷O-nestのオススメバンド、ORDINARY PURPOSE PLUG AND INVITATIONが出ます。そんなわけで、次回のライブの告知でした。終わり。最後まで読んでくれてありがとう!

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